駆け足の花見

1998年4月18日
小 原 茂 幸

四月は一年中で一番好きな季節です。 なぜなら木に花が咲くからです。 大きな木々に目一杯花が咲きます。芽吹きよりも花が先です。 見上げるような桜の大木も、すっくと伸びた辛夷の木も、 いっせいに、思いっきり花を咲かせます。 芽が出て、葉が出て、茎が伸びて、蕾となって、それから花が咲くのではなく、 最初から花でいっぱいになります。 寒く厳しい冬を裸木で乗り越え、 待ちかねたようにして、木にいっぱい花咲く春。 一番好きな季節です。

我が家にも数種類の梅や桜の木があります。 毎年春の来るのを楽しみにしています。 ところが今年の陽気はどうでしょう。 四月十一日は年に一度の苗代作りの日でした。 妻の実家からもらった小彼岸桜は、 朝は三分咲きだったのに、 籾撒きをした昼には五分咲きとなり、 苗代造りを終えた夕方には、とうとう満開になってしまいました。 あれよあれよという間の出来事でした。 飯田測候所の発表では日中の最高気温は二十七度だったとか。 二日間の雨の後に夏日。 一気に開花が進んでしまいました。

次の日、思い立って家族全員で花見のドライブに出かけました。 子供が見たいといった小学校の百年桜は見上げるばかりの大木です。 共楽園の公園の桜並木は今が一番良いときでした。東春近発電所の桜も満開。 農家の庭先に咲く白木蓮。畑の片隅に咲くしだれ桜。山際にひっそりと咲く大山桜。 連翹の黄色、木蓮の赤紫色、岩山躑躅の紫色、純白の辛夷。柔らかな緑色は柳の芽吹き。 北福地の桜、冨方の桜、高遠の桜を遠目に見ながら、手良の桜、箕輪の桜、 羽広の桜、伊那西高校の桜と一回り。 芽吹きの初々しい緑と色とりどりの花々が、 中央アルプスと南アルプスの白銀の山々に映え、 いつしか飛来したツバメが空を飛びまわっています。

驚いたことに、海抜六百メーターの天竜河畔の桜も、 海抜八百メーターの光前寺の桜も同時の開花です。 標高差も、木々の種別もお構いなしに、まるで魔法の杖を一振りしたかのように、 あらゆる木々が開花して、一気に春爛漫の世界となってしまったのです。 「こんなことはめったに無い」と七十歳の母がつぶやくほど珍しいことです。 一年で一番好きな春なのに、あっという間の花の春。 忙しい時代に合わせたかのような今年の春の訪れでした。





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